2008年5月31日土曜日

Zotero

Zotero

これはすごい。ブックマークでもなく、たんなるスクラップブックとかジャーナルでもない、構造化された文献情報をブラウザベースで管理して、文献リストのためにフォーマットしてくれるFirefoxプラグイン。

まずすごいのは、AmazonやPubMedにいくと、ロケーションバーの右脇に現れるアイコンをポチッとするだけで、今開いている資料の文献情報がデータベースに登録されること。同じように、ブログエントリーなどウェブ上のあらゆるマテリアルが(構造化の度合いは様々だけど)簡単に登録できる。

そのようにして登録されたアイテムには、おおもとのURLがくっついてくるのはもちろん、タグ付け、メモ貼り付け、ファイルとの関連づけが出来、また、3ペインのiTunesライクなインタフェイスで(iTunesでいうところのプレイリストに相当する)複数の「コレクション」に分類することが出来る。

そして、それらのアイテムはWordプラグインを通じて、また、Google Docsなどにアイテムをドロップすることで、APA形式をはじめ指定したフォーマットで文献情報として吐き出すことができる。

まあ要は、Firefox上の「EndNote」なわけだが、昨今、参照するのは文献サイトにのっているような「フォーマルな」文献だけじゃないわけで、「ブラウザで参照できるもの」というくくりで一元的に扱えるのはまさに待望してた環境だ。

あとは、異なるマシン上のブラウザ間で同期してくれたりしてくれたら最高なんだけど、まだ調べきれてないだけで、もしかしたらもう出来るのかもしれない(有償版でサーバが提供されるとかね)

Wired Science経由

Zotero Makes Writing Papers a Bit Less Painful | Wired Science from Wired.com: "Zotero may be the handiest Firefox extension ever. Along with a Microsoft Word plugin, it makes collecting sources and citing them really easy. If you will be writing a big paper anytime soon, give it a try."

2008年4月2日水曜日

写真に撮れない

パオラ・アントネリとマンデルブローの対談の中で、アントネリがコープ・ヒンメルブラウの建築のことを、数理的確証なしに体験するしかないもの、と言っていた。なんかこう、すごく腑に落ちる。

人の認知科学的理解と人生を生きることの乖離にそのまま対応する問題意識が建築の中にもあるのだ。もちろん統計的一般的性質というのは人の中にもある(それが相互理解のベースになってるはず)わけだけど、最終的理解は一回性のもとにおいてしかあり得ない。

折しも、GrazのKunsthausを訪れたばかり。アントネリがやはり下で言ってるけど、写真に撮れない。遠景で全貌を写真に納めたところで、それは「kunsthausではない」。私の体験したkunsthausではない。それは単に「写真は実物とは違う」ということじゃなくて、kunsthausはこの身体を使って体験するしかない、そういう建物だったということである。

また、折しも訪れたポルシェ本社。間近で見たBoxterの曲面のなんと美しいこと!それは明らかにカタログの図面や写真とは全く異なる体験の内容だった。


Seed: Paola Antonelli + Benoit Mandelbrot: "Some of the most recent architecture—and in particular I was studying the work of Coop Himmelb(l)au, an architectural group from Austria—could not be represented anymore through plans, sections, and elevation. There was no way. Not even with axonometry. Or perspective. Normal geometry just did not work.

Also, you couldn't photograph it; pictures wouldn't render the spaces at all. The only way was to experience them. And somehow, without really having any mathematical or any theoretical proof, I thought there was a connection between your book and this kind of architecture."

Apr16-18:多次元共同脳科学推進センターKOシンポ

岡崎の生理研で、

多次元共同脳科学推進センター キックオフシンポジウム

が開催される。この内容はすごい!
絶対お得!BCIを視野にいれているなら絶対行くべき。

音声研究で言うところのAnalysis by synthesis的アプローチが
今後の認知科学や脳科学の中で重要な部分を占める
ことになるのはほぼ確実、ということだろう。

アートとサイエンスの融合

とだけ言ってしまうと今や
何のコノテーションも喚起しない
クリシェに終わるが、

なるほどそれはこういうことでもあるな、
というアワードが今年も始まった。

Wellcomeコレクションというのは、
英国のWellcomeトラストによって
運営される科学映像のコレクションで、

このコレクションでは、美的な観点から
科学映像を評価するアワードを
開催しているのである。

WIA:Wellcome Image Award


本来の機能とは必ずしも関係なく
シビレたかどうかだけで評価しよう、
っていうのは好きなスタンス。


サイエンスがアートに色目を使うのよりはね。


それにしても、美しい・・

2008年3月12日水曜日

脳科学とVRの世紀

全米科学財団(NSF: National Science Foundation)が、
目標が達成可能となった場合には
人類の生活水準に大きな向上をもたらす

今世紀中に達成すべき14の重点技術目標
(14 grand engineering challenges for the21st century)

を発表した。あなたならどれに一票?

Reverse-engineer the brain



enhance virtual reality

が含まれるのは当研究室にとって朗報だ。

僕の考えではこれらはお互い重なり合う、
というか、後者は前者の道具として包含される
と考えているので、当然前者に一票。

2008年2月1日金曜日

修論中間発表

トシミツの「まだ形にならない
(検索ワードを何にしたら良いか分からない段階の)
検索要求をくみ取る検索システム」が面白かった。

というのも、
我々の行動に対する我々自身の通俗的理解に反して、
実際は、話してから自分が何を言おうとしていたのかわかり、
また行動してから何を欲求していたのかが分かる、
というのが我々の認識の有り様だと思われるからである。

(それには根拠があって、我々の意識リソースは
非常に限られているので、意識の状態を知るために
外部「記憶」装置を使わざるを得ないのである)

だから、こんな風にしたらうまくアシストできて、
こんな風にしたらうまくいかなかった、ということが
記述できれば、意識が外部リソースを使う様態が
理解できるはずだなんてことを思った(単純すぎるけどw)。


ただ彼はシソーラスを使ったシステムを考えていて、
そのことに対しては、最近のグーグルツールバーの
検索履歴提示とか検索ワードの組み合わせ候補提示が
まさに要求掘り起こしだと思うんだけど、シソーラスを
使うメリットは何?、ってツッコミを入れるような
形になってしまったんだけど、

むしろ、シソーラスが履歴によって賢くなっていく、という
アイデアをちらっといってたことに対するあれはフォローで、

やはり意味とは突き詰めれば「歴史性」だよな、
なんてことをちょうど考えてたために
この話題は僕にとってまさにツボ、で、
その点ではトシミツは運が悪かったw

いや、運が良かったのかw


学科長は、これをあと一年かけて具体化してね、
という風にセッションを結んだけど、

マカナエ先生は、スズキ君は意味論とか抽象的なレベルで
遊んだ方が面白いんじゃない?と帰る道すがら言っていて

僕も実は、1年後の彼に期待しているのは、
生意気で上から目線のドSな彼なのであった。


ドSは関係ねーか

2008年1月13日日曜日

速報:努力賞受賞

 「総合研究」という授業のチームで参加していた、ロボットのビジネスアプリケーションを提案するパペロアプリケーションチャレンジの最終プレゼン、授賞式会場から速報です。

 われわれのチーム「ぱぺとっぷ」の「シニアと家族、ときどきパペロ」は努力賞を受賞しました!

 まあ‥、優秀賞をとるつもりだったし、自信もあったので、最初の努力賞発表で呼ばれたときは、みんな正直ガックシだったんだけど。

 まあコンペ向けじゃなかったかな。それに、裏で「社会人基礎力」が走っていたので、なんか全体としてトーンがふらっとというか生真面目なものになってしまったところはある。

 今は、講評を兼ねてのパネルディスカッション中。もとえさんの、ロボットってもっと「不気味」なもんでしょっていう意見と、ロボットが我々の社会の要素になったときわれわれの社会で何が起こるかが考えられてないよね、っていうのは本当にそうだな、と思う。

 僕も同じようなことを思っていて、ロボットは「機械」であることが忘れられていますよね。エンジニアそのもののがエンジニアリングを忘れてしまっている分野がロボット工学かもしれない。だって、ロボットに対する社会的要請って無いもの。早く走りたいなら馬ロボじゃなくて自動車や鉄道が正しいし、とかね。

 ただまあ、その不気味さや社会で何が起こるかを踏まえた提案、ってのはやっぱりできなかったかもな。

 コミュニケーションって分かり合う必要ないっていうw0wの鹿野さんの意見もすごくわかる。ただそうなると、すでにあらゆる機械とコミュニケーションをしているわけで、ロボットの立場はむしろ危ういかもね。

 常につきまとう「べつに必要ないかも」感をいかに払しょくするか、ようは持ちたい、とか身近におきたいとか、好きだって思える存在になるかどうかが問題ですね。

2008年1月8日火曜日

キャリブレーション中

本年もよろしくお願いいたします

と申しますか、

本年はちゃんと書いて参りますw


現在、北とぴあの現場
いや、現場はいい
現場が好きすぎる

というか、

「心理学はいつでもどこでもが現場」

と心せよ


なのですが、やはりいいですね
こういうタイプの現場は


プラネタリウムを星以外のコンテンツで使おう!
これだけだろ、ふーん、それもアリかもね、

で終わっちゃいますが

実際現場に来てドームスクリーンにテスト映像を提示すると、
「場」の特殊性が発する高揚感があって、
ああ、このコンセプトは間違ってないな、
これはもう絶対使えるようにしなきゃ

って思う